2012年 01月 19日

福島にいってきました その1:郡山⇒二本松⇒福島⇒相馬の線量とそこでみたものなど


1月14日土曜日、
福島に日帰りでいってきました。
ともだちの仕事についていっただけなのですが。

感想を書きます。
(なんか最近ちょっと疲れてるので
 意味のない文章を書きたくなりました)


感想は、

・福島、近い。

・福島、ふつう。

・でも、宇都宮くらいまでふつうなのに
 那須塩原あたりからジワジワ線量が上がります。
 線量計(ガイガーカウンター)を人に借りていきました。

・そのガイガーカウンター(RADEX1503という気朱)は
 高めに出るらしいのですが、相対的に変化を見る分には
 あまり問題はないだろうと思います。

・わたしのふだん暮らしているところ(家や道路)では
 そのRADEX1503で
 室内で0.07~0.13マイクロシーベルト毎時、
 屋外で0.10~0.18 くらいなのですが、

 ↓

・郡山駅前:
 新幹線のホームにつくと0.20超えて、おおって思いました。
 それまでは東京からずっと0.10台だったので。

 駅前の舗道では0.23くらいだったのに
 やはり舗装されている駐車場で、0.60(車に乗りこんでも変わらない)。
 植え込みの地面のほうだと1.20とか。

 ↓

・二本松市:
 ここは線量が高いと聞いていたのですが、0.20台でした。
 植え込みだと1.70とか超えていたけれど。

・お米の基準値超えや、高線量マンションが
 出ているのは、この二本松です。

 ↓

・四季の里:
 昨年、プロジェクトFUKUSHIMA! というフェスのあった場所です。
 富山でいったら「いこいの村」「チューリップ公園」みたいな場所です。
 広い芝生、キレイな花壇、土産物センターなどがあります。

 ここは土の上でも低くて
 コンクリのトイレの中で0.15
 外の遊具に置いても0.30でした。

 そしてここでこけしの絵付け体験をしました。
 とても楽しかった。
 こけし最高です。
 もうこのこけしでかなり満足感を得ました
(何しにいったんだよ、という感じですが)。

 いやでも、こけしで
「福島いいところ!」「東北イイネ!」みたいな
 気持ちになったから、やっぱり
 観光客向けの施設って大事だなと思います。

 こけしで30分のつもりが1時間近くいました。
「時間ムダにしたかな、ごめんなさい…」と友達には
 思いましたが、最終的には
 こけしいってよかった、と思うことになります(後述)。

 ↓

・福島駅前:
 辰巳屋という駐車場の前で待っているとき
 0.40~55くらい。
 でも、ビルの中に入って8階とかにいくと、0.15とか。

 こちらで福島大学におつとめの先生にもお会いしました。

 推薦入試で来る高校生が
「風評被害に負けずにがんばりたい」と口々にいう、という
 話をきいて
「ぅぅ…」と思いました。

 風評被害じゃなくて放射能汚染なのに…。

 若くて細胞分裂が盛んなんだから、
 もう大学進学を機会に県外に出てもいいんじゃないか
(まあでも、一人暮らしさせるのってお金かかる…)。

 よしんば風評被害には根性で勝てるとしても
 放射能には勝てない。

 いや、もしたたかうべき相手が風評被害なのだとしても
 すなわちそれは「ブランドの失墜」ということだから
 やる気や根性ではどうしようもない。
 徹底した情報公開とマーケティングが必要。

 ↓

・福島市から相馬市に抜ける途中:
 山の中の曲がりくねった道を走っていて
 途中、一瞬1.20を超えていました。
 飯舘村の北にあたる場所です。
 ああ、高いんだなあ、と思いました。

 RADEX1503で、新宿の街頭の10倍です。

 まあよくわからないけど10倍の場所に
 ずっといたらよくないんじゃないか、という
 気はするんじゃないでしょうか。
 
 比較対象にした新宿だって
 事故前よりはだいぶ上がってるわけだし。

 ↓

・相馬市:
 南相馬市ではなくて、相馬市です。
 ここは線量が低くて、0.15。
 東京とまったく変わりません。

 ただ、海のそばは津波でなにもなくなってて
 びっくりしたけれど。
 ただただびっくりでした。

 特段かわったようすのない町を車で走っていて
 角をひとつ折れると
 みわたすかぎりの更地になっていました。

 家の基礎だけが残っています。

 そのときは、わー、と驚いただけだったのですが
 うちに帰って夜寝る段になってショックを受けました。
 ああああ…って。
 
 ああいう景色は、似た景色は、

 ロサンゼルスからラスベガスまで
 車でいったときに、とちゅう
 荒野というか砂漠のような場所を抜けるとき
(テキサスチェーンソーマサカーみたいな気持ちがした)

 エジプトのカイロの
「死者の町」と呼ばれる死んだように静かな場所を
 見下ろしたとき

 に、見た。

 でもここ日本なのに。
 ここに住んでた人がいたのに。
 というのは受け入れがたいような景色でした。

 怒られそうな表現ですが
 オールドファッションな西部劇の
 書き割みたいな感じもした。

 もっと寒々しくて、色合いも違うし、
 あくまでも日本なんだけど。
 何もなくて、壊れたものだけが
 ところどころぽつねんと残っている。

 JRの線路すらなくて(常磐線)
 カーナビにはあるのに。
 駅もない。

 新地発電所(火力発電所)の煙突から
 モクモクと白煙が上がっていました。

 高さ10メートル、いやもっとあるガレキの山が
 巨大なパウンドケーキのような形で
 存在していました。
 あんなかたまり、見たことない。

 ガレキといっても、泥のかたまりのなかに
 赤や青や白や、さまざまな硬軟まぜあわせた
 人工物が練り込まれていて、原形がなにか
 わからない、という感じ。

 テリーヌが似てるかも。

 超巨大テリーヌ。

 ぬたっとした、水分の抜けた泥の中に
 さびしいほどカラフルなものがたくさん。
 ビニールシートなのか、ふとんなのか、自転車なのか、
 建材なのか、プラスチックなのか、わからないけど。


そんなものを見て、また郡山まで車で戻って、
新幹線に乗って、東京駅まで帰りました。

東京はつかれます。
新幹線のホームからエスカレーターに乗って
人の多さで重力が二倍になるような気がします。

もう10年以上くらしててもつかれる。
とても便利だし、
いいところがたくさんあるけれど。

放射能はこわい。
でも、もし意にそまない避難を
よるべない東京にしたとしたら。
家族と意見があわなかったら。
仕事もみつけないといけなかったら。
町のお店屋さんだったり、公務員だったり、
つぶしのきかない職能しかなかったら。
そのつらさといったら。

避難したいすべての人が避難できますように、と
思っていたし、いまも思うけれど
避難しない人がたくさんいることは
とても納得できることだ、とも思いました。


とか書いていますが
わたしは帰りの新幹線でも
絵付けしたこけしを
ながめてごきげんでした。

「こけし 絵付け」と検索すると
東北地方にしかないようで
その日いった「四季の里」が検索4位。
なかなか体験できる場所はないようです。
思いつきでこけし体験してよかった!と
思いました。

津波のあとはショックだったので
たぶん津波をみたあとでは
こけし体験する気にならなかったし
こけしのおかげで福島いいところだ、と思ったので
やっぱりこけしはいい。


そして夜10時すぎに家に帰って
家族には
「ねえ、疲れたの?
 疲れたんでしょ?
 なんでしゃべらないの?
 口数少ないね?どうした?」
とさかんにいわれたので
そんなつもりではなかったけど
無口になっていたらしい。

寝る段になって津波のことを思い出して
暗いというか
墨に飲みこまれるような、
はてのないきもちになりました。

家がなくなるのはおそろしい。

原発の話をしていて、ある人に
「津波よりずっと恐ろしいことが起こっているのに
 (おまえは寝ぼけている)!」
みたいなことをいわれてなじられたことがあって
(なぜわたしがなじられたのかよくわからなかった)

それはどうだろうか、
津波被害はすさまじいものなのに、と思っていたので
(その人は他にも「絶対に放射能で○○になる」とか
 呪いのようなことをたくさんいっていた。こわかった)
やっぱりその人のいっていたことは
ちょっとおかしいんじゃないか、と思った。

家がなくなるのはおそろしい。
流されるのはこわい。
家があるのに帰れないのもおそろしい。
ひどい人災だ。



いってみないと(といってもほんとにいっただけだけど)
納得いかないことはあり、
いっていろいろ考えがさだまったというか

そうか、

と思うことがあったので
いけてよかったです。

あと、その翌日にも福島におすまいの方の
お話を二時間くらいききました。

いろんなパワーとか怨嗟や怒りがこちらに移ってしまって
その夜に、
熱にうなされるような感じで
ぐったりしました。

ほんとに、きけてよかったな、というおはなしだったけど
きくのにエネルギーの必要な話ではありました。
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by writetoyou | 2012-01-19 12:39


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