2007年 08月 19日

先生をしている友だち





今日会った友だちは高校の先生をしています。
けっしてその仕事が好きなわけではないらしく、それは悩ましいことだろうなあと思います。

適性も能力も高くても
(今の生徒が卒業するまでは取り敢えず続けるんだといっている時点で
 生徒への愛も責任感も強いのがわかります)
本人の好き嫌いはそれ以上に大切なことで

社会の中での自分の位置づけに納得していられれば、大変でも頑張れるけれど
納得できていなければ
すべてが何かモヤのかかったような世界に生きなくてはいけないから
それはいくら、仕事が楽だったり待遇がよかったり収入が保証されていたりしても
我慢して生きていることになり、そして我慢は体によくありません。

社会の中での位置づけに納得、というのは
職業や所属先や年齢や性別や国籍や暮らす場所など
人からどう見られるかのすべてというか
自分がそこにはまりこんでいる運命というか
境遇

それなりに満足するということで
パーフェクトに満足する必要はないけれど
(完璧だとかえってそれを維持するのに疲れると思います)
わたしってこれくらいかな、という妥協点がみえてるということは大事で
その納得があれば、生きていきやすいです。

もっとこうなりたいとかああなりたいとか、近づいていけるような目標があればいいです。
厄介なのは、ただ、今の状態は何か違うというのだけは痛いほどわかっていて
かといって具体的な目標もわからないし、自分に特に何かできるわけでもないだろうと思うし
という状態で
それは他人からみたら落ち着いた暮らしだとしても
本人は、消耗するし、気持ちが不安定になります。

その友だちはそこまで思っていないかもしれないけれど
わたしは自分の会社や仕事がとても嫌で、それ以前の大学にいたときからも
もう五年間くらい、いったい何をどうしたらいいのか全然わからなくて
今書いたみたいな、モヤモヤモヤモヤその日暮らしみたいな気分でいたから
もしその友だちがモヤモヤしてるのなら、同情してしまいます。

でも今の生徒が卒業するまでは、といっているから
今すべきことがわかっているわけで
わたしの百倍くらい立派だし大丈夫な人だと思うから
よけいなお世話の心配かもしれません。そうでありますように。

わたしは2002年くらいからのモヤモヤが、ようやく今回の転職で終わったので
もし新しい仕事が、予想外だったりガッカリだったりしても
きっと平気なんじゃないかと思っています。
無理ならば辞めたらよいし、大変でも楽しければ頑張るから、大丈夫。

前はいつでも、新しい場所に移る前には
どうしようどうしよう、と不安に思っていたのが
いまは、嬉しいな、と楽しみに思っているから
次に移る会社の職場の雰囲気やお給料や仕事内容ではなく
わたし自身が前より迷いが少ない状態でいる、という一点において
わたしは安心しています。
わたしはそのわたしを信頼して頑張ろうと思います。
[PR]

by writetoyou | 2007-08-19 18:44 | 夏の帰省


<< 霧に包まれて      海辺で気づく、喉の痛み >>