2007年 08月 28日

「海の藻屑」





夏休みは
先々週末は富山に帰って立山に登ったりいとこと遊んだり友だちに会ったり
先週末はお台場のメリディアンに泊まってホテルで遊んで
どちらもとても楽しかったけれど
気が抜けてしまったのか
八月も終わりになるこの頃
気持ちも体もなんだかまとまりがなくなってしまいました。(*1)

このブログに書くことも一日に何回か書きかけるのだけれども
アップロードしないままになっています。
(このブログに書く文章は
 auの携帯電話とe-mobileの携帯端末で書いているものが主なので
 電車での移動中やぽっと空いた時間に書いています。
 でも細切れの時間でぱっとアップロードするのは
 エネルギーと緊張感がないときには途中で挫折してしまうみたいです)
 
書きかけでやめてしまった切れ端は
みな、どこへいってしまうのだろう。
たぶん、宇宙の藻屑、海の藻屑となって消えていっています。

「うみのもくず」というのは小さな頃好きだった言葉で
言葉を日々覚えていっていた五歳くらいから七歳くらいにかけては
そういう好きな言葉、使ってみたいけれど使う機会がないので
自分の心の中でだけ思い浮かべてはまたそっと仕舞っておく言葉というのが
いくつもたくさんありました。

言葉というのは
知っている言葉と使う言葉が同じなわけではありません。
自分の中から生み出す文章というのは
言葉というビーズようなものを
てにをはという白い糸でつないで
首飾りを作るようなものだと
わたしは思うのですが
短い首飾りもあれば長い首飾りもあり
ここで終わらせようと思っても、まだまだ、と思い直して
さらにつなげていったり
最後までできた、と思うのに嫌になってほどいてしまったり
そういうものだと思います。

知っている言葉が多ければその人の持つ箱の中に
たくさんビーズが入っていることになりますが
でもたくさんあるからたくさん使えばいいというものではなくて
伝わらないと意味がないので
相手が知らないかもしれないような言葉なら使わないほうがよく伝わるということもあるし
それに
文章で書くときの言葉と
口で話すときの言葉と
自分の中で考えるためにつかう言葉とは
区別してしまっておくほうがよいし
でも言い換えようとしたって
どうしてもこの言葉じゃないとだめなんだという
自分にとっての特別なきらめきと色をもつ言葉もあります。

小さな頃に覚えた言葉はどんどん使いたかった。
「ムチツジョ(無秩序)」とか
「シンショウボウダイ(針小棒大)」とか
「モトノモクアミ(元の木阿弥)」とか
使わなくても暮らしていける言葉でも使いたかったです。(*2)

「ウミノモクズ」はたぶん絵本で覚えた言葉で
青緑の水の中に白い泡がこぽこぽと上がってきているなかを
渦に巻き込まれて、やがて静かに静かに暗いそこへ向かって
自分という存在が散り散りばらばらになってしまう
そんなイメージで何度も反芻していました。

それで今でも
「何かが書きかけのままで
 そしてそれは大切なことかもしれないのに
 時間の中に紛れてやがて見えなくなってしまう。
 見えなくなってしまうけれどそれは無いのとは違う。
 伏流水のように体や心の深いところに流れていて
 それにふれることはできないけれどそれは確かにあって、
 わたしの行動や表情に影響をもたらしている」
というような感じのときに「うみのもくず…」という言葉がふと思い浮かびます。

世の中には「うみのもくず」という言葉にそこまで思い入れのない人のほうが多いでしょう。
「うみのもくず」という言葉が特にいい言葉というわけではなくて、
反対に、みんな何か気になる言葉というのが、探せばあるんじゃないでしょうか。

人によって言葉の意味はそれぞれバラバラだけれど
共通通貨としてそれを流通させて
みんな自分のいいたいことをいったり互いの意思を確認しあっています。
そういう意思疎通のための社会的な言葉はもちろん大切だし
自分の中で内に秘めて自分のために使う言葉もまた大切だと思います。
両方がきちんとできるようになってこそ
読み、書き、聞き、話すその営みが実りあるものになるのでしょう。(*3)


(*1)
転職すると忙しくなるから、と思って心の整理の意味もこめて
予定を立てていろんな人に会っているから、そのせいかもしれません。
体調がおかしくなったら意味がないので整えるようにしていきたいです。

(*2)
会社で一緒に働いている人に
日常会話用でないような言葉を日常会話の中で使う人がいて
「当たるも八卦当たらぬも八卦でございます」とか
「泥縄式に」「五月雨式に」「青天井で」「~というからくり」「蓋を開けてみると」
「量り天秤にかけて」「野放図に」「一度交通整理したい」「~やら何とやら」とかいうので
最初は驚いたけれど、慣れました。
外来語をたくさん使う人やたくさん使う会社もありますが
この人は昔風の言葉というか日本語の慣用句やことわざの多い人でした。

(*3)
わたしは子どもを生むことを楽しみにしていますが
言葉を覚える過程をみていけるというのが、大きな楽しみの一つです。
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by writetoyou | 2007-08-28 13:27 | この頃


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