2007年 08月 28日

アンデルセン『人魚姫』





前項の続きですが
「うみのもくず」とともに「こっぱみじん」という言葉も幼稚園の頃は好きでした。

「こっぱみじん」は『ドラゴンボール』に出てきたのだと思います。
「木っ端微塵」なのだろうけれど「木の葉微塵」「小っ片微塵」のようなイメージがありました。

「うみのもくず」とともに「こっぱみじん」こをペアで覚えているのは
アンデルセンの童話『人魚姫』で
王子様が難破するときに
船がバラバラに、木片となって海に沈んでいくシーンがあるからで
そのときに
(こういうのもきっとこっぱみじんというのだろうな)と思いました。

その場面では
人魚姫が自分が異形のものであるにもかかわらず王子様を体を張って助けるので
献身やエロティシズムやエゴイズムを感じて、そこがすごく好きだったのでした。

わたしは幼稚園の年中組のときに
オペレッタ『人魚姫』で「人魚姫」の役をしたのです。

ハッピーエンドで王子様と結婚できる「隣りの国のお姫様」になりたくて
先生が「『人魚姫』をやります」と発表したその日かその次の日に
職員室へいって先生に直訴しました。
「わたしはお姫様がやりたいです」と。

その頃は、人魚姫のほうが隣国の姫さまよりもいい役だという発想などはなく
たとえ一瞬しか出てこなくても
王子様と結婚できる姫さまのほうが幸せだから絶対にいい、と思っていました。

そしてなるべく幸せな人物になりたかったのです。

舞台には一瞬しか出てこないとしても
それ以前にもそれ以後にも
お姫さまには幸せな人生がずっと続いているのです。

人魚姫は『人魚姫』という話の中ではスポットライトが当たっていますが
最後は自害して果てます。
たまたま『人魚姫』というお話だから人魚姫がいい役に見えるけれど
冷静に考えると人魚姫は損だ
結婚できない上にお姉さんたちまで巻き込むし
(六人の姉が人魚姫のために美しい髪を失うがその尽力も水泡と帰す)
死なないとならないのだから。
それに比べてお姫さまは
やはり生まれたときからお姫さまなだけはあって
やすやすと結婚して安泰な地位を手に入れる
そしてその陰には人魚姫のような不幸な人物がいるというのに、それにも気づかないでいられる
(もし気づいていたら素直な気持ちで王子様と結婚できるかどうか)
だからこの姫さまについてはあまり書かれてはいないけれど
このお姫さまがいちばん割のいい登場人物だ
と思っていたのです。

年中の頃(わたしは「からたち組」でした)なので
ここまで複雑には考えてはいませんでしたが
いま振り返ってなぜお姫さまのほうがずっといいと思ったかというと
上に書いたような考え方だったと思います。

お話の中での役割の大きさよりも
その登場人物の人生が、本人の立場から見たときに幸せなものかどうか
のほうが
ずっと大事だったのです。

けれどわたしは人魚姫の役をあてがわれました。

配役が発表されたとき
(えーそんな、困りますよう!)
と心の中では思いましたが仕方がないので練習をしました。

お姫さまがいいといったのに…どうして、とうらめしい気もしました。
わざわざ職員室に直訴にいったやる気を買われたのか
それともお姫さまというのを人魚姫と取られたのかわかりません。
五歳のときの話です。

それで、人魚姫の練習をしました。

いちばん好きだったのは
六人のお姉さんたちが髪と引き換えに手に入れてくれた
「人間の姿から人魚へと戻ることができるナイフ
(それで王子様を殺せば、人魚姫は人魚のお姫さまに戻れるというもの)」を
どうしても王子様に突き刺すことができず
「ああ」
と苦悶の表情を浮かべながら
ナイフを高く投げ捨てて
自身も海へと身を投げるという場面で
「じさつするってこういうことか」と思いながらやっていました。
「さよなら、さよなら、みんなさよなら」という感じでした。

そういうわけで、
「海の藻屑」「木っ端微塵」という言葉は
人生の初期に
深いインパクトと、繰り返しの発声練習と体を使った動きとともに
覚えた言葉で
わたしにとっては特別な意味を持っています。
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by writetoyou | 2007-08-28 15:14 | この頃


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