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いつか書く手紙

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2007年 08月 30日

張込んでいた警察に名前を聞かれた話





夜、荷物が重かったので
駅の改札を出て
タクシーのいる場所を見遣ったけれど
タクシーはおらず
歩いて帰ろうと思った。

駅の敷地から公道へと続く繋ぎ目は
数段の階段になっていて
そこに
イトーヨーカ堂に売っていそうな薄水色のウィンドブレーカーを着た
五十代のギョロ目で眼鏡のはげたおじさんが
通行人の邪魔になるような位置に立っていた。

(珍しいな
 この駅で人を待つ人がいるなんて)
と思う。

チラシ配りもティッシュ配りもいない
静かな駅なのだ。

その隣りをすっと通ったとき
低く、わたしにだけ聞こえるような声で
「チョット」
というから
最初、タクシーかなと思った。

上野にいるのだ、
そういうモグリのタクシー運転手が。

(けれどここは上野ではないし、変質者だろうか)

(けれど変質者にしても変だ、こんな駅の前で)

(しかしこの駅前はほんとうに暗くて人通りもないから
 あるいは変質者がいてもおかしくはないかもしれない)

そんなことを考えた。

目を合わせないように無視すると
すっと一緒に歩き
「名前を教えて」
と低く落ち着いた声でいう。

いよいよ変態かもしれないと思い
構わずゆこうとしたら
数歩ですっとわたしの前に回り込み

それは
その瞬間に逃げようとするなら
横に走るかもしくは
その人にドシンとぶつからないと突破できない立ち位置で
だからわたしは立ち止まった。

「名前をいって」
とその人は
まるでわたしがその人に名前を教えることが当然の義務であるように命令し

同時に
黒くて分厚い定期入れのようなものを内ポケットからすっと出し
「警察の者だ」
といいながら
パカ
とそれを開くと

金色にピカピカ光る
八角形の星のような立体物があって
ほんとうに驚いた。

テレビドラマで見る警察手帳よりもずっと立派だった。

すごくこわくなった。

(警察のつもりの変質者か
 警察の人なのか)

本物のような気がした。

迫力があって、気配がない。

(今、わたしは名前を教えなくてはいけないのかな?)
と考えた。

(多分、教えなくていい)
と思った。

(やがて教えないといけなくなるとしても
 教えないで済むうちは教えなくていい)
と思った。

何もいわずに、黙って立っていた。

しかしかなり気が動転して
わたしのこれまでやった悪いことを頭の中でくるくると挙げながら
クラクラしてしまったけれど
わざわざ警察がわたしを探す手間をかけるほどの事由は思い浮かばず

(誰かわたしの関係者が?)
と考え
(妹に何か?)
(彼氏に何か?)
と不安になったけれど

(二人ともわたしよりさらに善良な市民だから
 何かあるとしたら
 間違いか
 何か他の人のしたことに巻き込まれているか、ではないか)
とは思うが
(それでもいったん捕まったらたいへんなことになる)
と思い、ほんとうにこわかった。

(ちょっと様子を見よう)
と思い
「名前は」
といわれたけれど
動かず、黙って立っていた。

それはほんの二、三秒ほどのことだったと思う。

すると水色のシャツを着た三十二程の男がタタタタと来て
「すみません
 サトウケイコさんていう人を探しているんですが」
といった。

わたしがぽかんてしていると
「後ろ姿が似ていたもので
 違いますよね、すみませんでした」
といった。

もうそのときには
わたしには一瞥もくれずに
ギョロ目のおじさんは先程のポジションに戻り
改札を睨みつける仕事を再開していた。


(若い男がサトウケイコという名前を発した瞬間のわたしの顔つきで
 わたしがサトウケイコではないとわかったのだろうし
 サトウケイコではない以上わたしの相手をするのは時間の無駄だ)

わたしは若い男に
「違います」
といった。

「そうですよね
 どうも」
と若い男は戻っていき
わたしは
「どうもすみませんでした」
とようやく安心して
微笑んで
(敵意はありませんという反射的な笑顔が出た)
そして歩き出した。

わたしがサトウケイコではないという証明はしなくていいのかな?と
思ったけれど
しなくてよいようだった。
表情で人違いだとわかるんだろう。

(後ろ姿が似ていたって絶対嘘だな、
 だって正面顔みて声かけたんだもの)
と思った。

わたしはどうして「すみませんでした」と謝ったんだろうかと思った。

そしていろいろ考えながらうちまで歩いた。
ほんとうにこわくなってしまって
うちまでの途中
二軒もコンビニに寄って立ち読みをして
ヨーグルトを買った。


あとから考えたら、サトウケイコという人を本当に探していたのかどうか
それは偽名かもしれないし。
わからない。
失踪者や家出人を探しているのか
何か事件の被疑者か何かか。

警察に逮捕されたりはしたくないものです。

そして
悪いやつを捕まえるのが仕事である以上
悪いやつと張り合うわけで
悪いやつ並みに
刑事や警察官というのはこわい人で
だから何かの間違いでにらまれてしまったら
押されてそのままひったてられてしまって
そのまま罪を被せられるということも
ほんとうにするっと起こりそうなことだ、と思いました。

by writetoyou | 2007-08-30 23:50 | この頃


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