いつか書く手紙

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カテゴリ:この頃( 96 )


2007年 09月 17日

片づけの次第





徹夜で取り組んだ片づけは
驚くほどはかがいき
段ボールにあふれていたわたしの部屋は
本棚以外何もないさみしいへやになって
落ち着かないくらいだけれど
綺麗になったのはよかった、よかった。
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by writetoyou | 2007-09-17 16:11 | この頃
2007年 09月 16日

大そうじ 2





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まだまだ続きます。
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by writetoyou | 2007-09-16 22:07 | この頃
2007年 09月 16日

大そうじ





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大そうじをしています。
ひとつ箱を開けただけでもこんなに出てきました。
この箱の中身は主に絵はがきでした。

捨てればいいのかなあとも思うけれど
せっかく今まで取ってあったので
無理して捨てることもないと思う。
でもきれいにはします。
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by writetoyou | 2007-09-16 19:23 | この頃
2007年 09月 10日

トマト 2





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大事なネックレスがなかったのですが見つかりました。
よかった。
妹と変顔で遊びました。
一緒にお菓子を食べました。
今日は水泳をするとすっきりしました。
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by writetoyou | 2007-09-10 22:43 | この頃
2007年 09月 10日

会社 2





嫌な気持ちでいても
会社に来る支度をしたり
会社に来てお茶を淹れて仕事を始めると
少しはしゃっきりして
ああ会社があってよかったなと思います。
会社に来るまではいきたくないなと思うのだけど。
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by writetoyou | 2007-09-10 18:07 | この頃
2007年 09月 10日

会社





会社に『日経WOMAN』を置いておくと
他の女の人たちも読んで
わたしと同じように「なにこれー」といっていたので
なんか安心しました。
よかった。
わたしがひとりでカリカリしているのかと思ったけれど(それもあるかもしれないけれど)
やっぱり何か変な特集だったのです。たぶん。
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by writetoyou | 2007-09-10 18:05 | この頃
2007年 09月 08日

出産特集





篠原涼子が妊娠したとうわさされているけれど
たしかに電車の吊り広告にあった雑誌のカヴァーをみると
そんな雰囲気があります。

会社のあの人もほんとうは妊娠しています。

わたし早く子どもがほしいんです
といったら
こっそり教えてくれました。

妊娠と出産と育児は最大の関心事です。

『日経woman』という雑誌の特集が
「わたしたちの出産☆プロジェクト」というタイトルだったので

そうだなー
仕事してたら
出産も自然任せなんていってられなくて
プロジェクトだと考えて段取りしないと
妊娠さえできないだろうなー
とふむふむと思い

めったに雑誌は買わないのに買ってしまって

読んだらすごくつまらなくて
たいへんなことをたいへんだと書いてあるだけで
読まないほうがよかったかもしれないくらいです。

もっと明るくて上向きな気持ちになる話が聞きたいのに
読んでいると
(日経かつwomanだから仕方ないんだけど
 働く人でかつ女性の話しか載っていなくて
 働きながら子育てすると
 収入があるから税金かかるし
 ベビーシッターも頼むと保育費用だけで月30万かかるとか
 主婦の方がいいんじゃないかとか
 ネガティブな体験談が多い
 もしくはほんとにすごくて両立してる人)
落ち込んでしまいました。

一人一人の意識ではどうかわからないけれど
日本は
女性と男性で
はっきりと待遇とか従うべき規範が分けられていて
女性の中でも
職業の有無、既婚か未婚か、年齢、ルックスとかで
すごく細かく分けられる
そういう社会だと
わたしは思っていて
でもそういうことをいちいちあげつらって戦っていくのは
疲れるし損だから
なるべく流れの中でうまくやりたいけれど
『日経woman』は参考になるというよりも
すごくおじさん目線の生き方を
ピンクの包装紙で包んで渡しました
みたいな感じで押しつけがましくて
ピンクの包装紙なら喜ぶだろうと思ってるところがもう間違い
(ピンク色は好きだけど。これはたとえ)
だし
中身の記事もなんかいけすかなくて
わたしはすごく暗い気持ちになりました。

『anan』の「セックス特集」をこないだ読んだら
すごく退屈だと思ったけれど
でも今日の雑誌に比べるとあれは
百倍くらいためになるしさわやかでした。
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by writetoyou | 2007-09-08 01:27 | この頃
2007年 08月 30日

張込んでいた警察に名前を聞かれた話





夜、荷物が重かったので
駅の改札を出て
タクシーのいる場所を見遣ったけれど
タクシーはおらず
歩いて帰ろうと思った。

駅の敷地から公道へと続く繋ぎ目は
数段の階段になっていて
そこに
イトーヨーカ堂に売っていそうな薄水色のウィンドブレーカーを着た
五十代のギョロ目で眼鏡のはげたおじさんが
通行人の邪魔になるような位置に立っていた。

(珍しいな
 この駅で人を待つ人がいるなんて)
と思う。

チラシ配りもティッシュ配りもいない
静かな駅なのだ。

その隣りをすっと通ったとき
低く、わたしにだけ聞こえるような声で
「チョット」
というから
最初、タクシーかなと思った。

上野にいるのだ、
そういうモグリのタクシー運転手が。

(けれどここは上野ではないし、変質者だろうか)

(けれど変質者にしても変だ、こんな駅の前で)

(しかしこの駅前はほんとうに暗くて人通りもないから
 あるいは変質者がいてもおかしくはないかもしれない)

そんなことを考えた。

目を合わせないように無視すると
すっと一緒に歩き
「名前を教えて」
と低く落ち着いた声でいう。

いよいよ変態かもしれないと思い
構わずゆこうとしたら
数歩ですっとわたしの前に回り込み

それは
その瞬間に逃げようとするなら
横に走るかもしくは
その人にドシンとぶつからないと突破できない立ち位置で
だからわたしは立ち止まった。

「名前をいって」
とその人は
まるでわたしがその人に名前を教えることが当然の義務であるように命令し

同時に
黒くて分厚い定期入れのようなものを内ポケットからすっと出し
「警察の者だ」
といいながら
パカ
とそれを開くと

金色にピカピカ光る
八角形の星のような立体物があって
ほんとうに驚いた。

テレビドラマで見る警察手帳よりもずっと立派だった。

すごくこわくなった。

(警察のつもりの変質者か
 警察の人なのか)

本物のような気がした。

迫力があって、気配がない。

(今、わたしは名前を教えなくてはいけないのかな?)
と考えた。

(多分、教えなくていい)
と思った。

(やがて教えないといけなくなるとしても
 教えないで済むうちは教えなくていい)
と思った。

何もいわずに、黙って立っていた。

しかしかなり気が動転して
わたしのこれまでやった悪いことを頭の中でくるくると挙げながら
クラクラしてしまったけれど
わざわざ警察がわたしを探す手間をかけるほどの事由は思い浮かばず

(誰かわたしの関係者が?)
と考え
(妹に何か?)
(彼氏に何か?)
と不安になったけれど

(二人ともわたしよりさらに善良な市民だから
 何かあるとしたら
 間違いか
 何か他の人のしたことに巻き込まれているか、ではないか)
とは思うが
(それでもいったん捕まったらたいへんなことになる)
と思い、ほんとうにこわかった。

(ちょっと様子を見よう)
と思い
「名前は」
といわれたけれど
動かず、黙って立っていた。

それはほんの二、三秒ほどのことだったと思う。

すると水色のシャツを着た三十二程の男がタタタタと来て
「すみません
 サトウケイコさんていう人を探しているんですが」
といった。

わたしがぽかんてしていると
「後ろ姿が似ていたもので
 違いますよね、すみませんでした」
といった。

もうそのときには
わたしには一瞥もくれずに
ギョロ目のおじさんは先程のポジションに戻り
改札を睨みつける仕事を再開していた。


(若い男がサトウケイコという名前を発した瞬間のわたしの顔つきで
 わたしがサトウケイコではないとわかったのだろうし
 サトウケイコではない以上わたしの相手をするのは時間の無駄だ)

わたしは若い男に
「違います」
といった。

「そうですよね
 どうも」
と若い男は戻っていき
わたしは
「どうもすみませんでした」
とようやく安心して
微笑んで
(敵意はありませんという反射的な笑顔が出た)
そして歩き出した。

わたしがサトウケイコではないという証明はしなくていいのかな?と
思ったけれど
しなくてよいようだった。
表情で人違いだとわかるんだろう。

(後ろ姿が似ていたって絶対嘘だな、
 だって正面顔みて声かけたんだもの)
と思った。

わたしはどうして「すみませんでした」と謝ったんだろうかと思った。

そしていろいろ考えながらうちまで歩いた。
ほんとうにこわくなってしまって
うちまでの途中
二軒もコンビニに寄って立ち読みをして
ヨーグルトを買った。


あとから考えたら、サトウケイコという人を本当に探していたのかどうか
それは偽名かもしれないし。
わからない。
失踪者や家出人を探しているのか
何か事件の被疑者か何かか。

警察に逮捕されたりはしたくないものです。

そして
悪いやつを捕まえるのが仕事である以上
悪いやつと張り合うわけで
悪いやつ並みに
刑事や警察官というのはこわい人で
だから何かの間違いでにらまれてしまったら
押されてそのままひったてられてしまって
そのまま罪を被せられるということも
ほんとうにするっと起こりそうなことだ、と思いました。
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by writetoyou | 2007-08-30 23:50 | この頃
2007年 08月 30日

『FRIENDS』を観ながら





いま夜中ですが
『FRIENDS』のDVDを観ています。
久しぶりに観ましたが面白いです。

でも、わたしももっと英語を話して暮らしたいなと思ったら
悲しくなってしまいました。

外国語を使う暮らしは
つねに頭の中に新しい水が流れるようで、新鮮です。
そして操れる母語のあるありがたみがよくわかります。

アメリカには半年もいなかったけれど
英語が全然ダメだったのに
話したり書いたり少しできるようになって
それは本当の意味で世界が広がりました。

言語でコミュニケーションのとれる相手が増えるという意味でもだし
脳の中の世界が広がるという意味でも。

外国へいきたいな。
こんなことを思うのはきっと今だけなのだけど
英語の映画やアニメーションをみると
また英語を話して暮らしたいなあと思って
しょっちゅう悲しくなります。

もっと広い世界があるのにここに留まっているのはなぜ、と思ってしまう。
でもそれはアメリカのほうが日本より広いという意味ではなく
外国人として外国で生きるということです。
そしてそれは中途半端になりやすい。
留学中は、中途半端に日本から逃げながら生きているだけの人もたくさんみました。

生まれた国で生きるのも大変だしとうといことです。
外国で暮らすのは大変です。
(やっぱり食事が一番大変。食事は体を作るから。)
それでも憧れるときがあります。


いま、マンションの前の通りを
消防車が幾台も凄い勢いで走り抜けていきました。

こんな考えても詮ないことを考えるのはよしてもう寝よう
と思いました。


最近、歌舞伎が面白いから
もっと勉強して詳しくなりたいです。
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by writetoyou | 2007-08-30 01:26 | この頃
2007年 08月 28日

アンデルセン『人魚姫』





前項の続きですが
「うみのもくず」とともに「こっぱみじん」という言葉も幼稚園の頃は好きでした。

「こっぱみじん」は『ドラゴンボール』に出てきたのだと思います。
「木っ端微塵」なのだろうけれど「木の葉微塵」「小っ片微塵」のようなイメージがありました。

「うみのもくず」とともに「こっぱみじん」こをペアで覚えているのは
アンデルセンの童話『人魚姫』で
王子様が難破するときに
船がバラバラに、木片となって海に沈んでいくシーンがあるからで
そのときに
(こういうのもきっとこっぱみじんというのだろうな)と思いました。

その場面では
人魚姫が自分が異形のものであるにもかかわらず王子様を体を張って助けるので
献身やエロティシズムやエゴイズムを感じて、そこがすごく好きだったのでした。

わたしは幼稚園の年中組のときに
オペレッタ『人魚姫』で「人魚姫」の役をしたのです。

ハッピーエンドで王子様と結婚できる「隣りの国のお姫様」になりたくて
先生が「『人魚姫』をやります」と発表したその日かその次の日に
職員室へいって先生に直訴しました。
「わたしはお姫様がやりたいです」と。

その頃は、人魚姫のほうが隣国の姫さまよりもいい役だという発想などはなく
たとえ一瞬しか出てこなくても
王子様と結婚できる姫さまのほうが幸せだから絶対にいい、と思っていました。

そしてなるべく幸せな人物になりたかったのです。

舞台には一瞬しか出てこないとしても
それ以前にもそれ以後にも
お姫さまには幸せな人生がずっと続いているのです。

人魚姫は『人魚姫』という話の中ではスポットライトが当たっていますが
最後は自害して果てます。
たまたま『人魚姫』というお話だから人魚姫がいい役に見えるけれど
冷静に考えると人魚姫は損だ
結婚できない上にお姉さんたちまで巻き込むし
(六人の姉が人魚姫のために美しい髪を失うがその尽力も水泡と帰す)
死なないとならないのだから。
それに比べてお姫さまは
やはり生まれたときからお姫さまなだけはあって
やすやすと結婚して安泰な地位を手に入れる
そしてその陰には人魚姫のような不幸な人物がいるというのに、それにも気づかないでいられる
(もし気づいていたら素直な気持ちで王子様と結婚できるかどうか)
だからこの姫さまについてはあまり書かれてはいないけれど
このお姫さまがいちばん割のいい登場人物だ
と思っていたのです。

年中の頃(わたしは「からたち組」でした)なので
ここまで複雑には考えてはいませんでしたが
いま振り返ってなぜお姫さまのほうがずっといいと思ったかというと
上に書いたような考え方だったと思います。

お話の中での役割の大きさよりも
その登場人物の人生が、本人の立場から見たときに幸せなものかどうか
のほうが
ずっと大事だったのです。

けれどわたしは人魚姫の役をあてがわれました。

配役が発表されたとき
(えーそんな、困りますよう!)
と心の中では思いましたが仕方がないので練習をしました。

お姫さまがいいといったのに…どうして、とうらめしい気もしました。
わざわざ職員室に直訴にいったやる気を買われたのか
それともお姫さまというのを人魚姫と取られたのかわかりません。
五歳のときの話です。

それで、人魚姫の練習をしました。

いちばん好きだったのは
六人のお姉さんたちが髪と引き換えに手に入れてくれた
「人間の姿から人魚へと戻ることができるナイフ
(それで王子様を殺せば、人魚姫は人魚のお姫さまに戻れるというもの)」を
どうしても王子様に突き刺すことができず
「ああ」
と苦悶の表情を浮かべながら
ナイフを高く投げ捨てて
自身も海へと身を投げるという場面で
「じさつするってこういうことか」と思いながらやっていました。
「さよなら、さよなら、みんなさよなら」という感じでした。

そういうわけで、
「海の藻屑」「木っ端微塵」という言葉は
人生の初期に
深いインパクトと、繰り返しの発声練習と体を使った動きとともに
覚えた言葉で
わたしにとっては特別な意味を持っています。
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by writetoyou | 2007-08-28 15:14 | この頃