いつか書く手紙

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2006年 11月 27日

競馬とベトナム料理





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今日は
久しぶりに
ベトナム料理を食べました。
久しぶりに
というのは
ベトナム料理屋は
タイ料理屋に比べると
少ないから
チャンスが少ないのです。
おいしいお店でした。
アボカドのサラダや
お粥もおいしかったけれど
トマトのシントー(シェイク)が
秀逸。
あんなに爽やかで
青い飲み物は
なかなかない。
赤坂にも
お店があるそうなので
きっといきます。
おいしかった。
ごちそうさまでした。

その前に
池袋の不動産屋で
新居を探しました。
一箇所目処がついて
安心。

昨日は競馬の
ジャパンカップを
見に行きました。
ディープインパクトに
勝ってほしくて
全身緊張して
レースが終わったら
ぐったりした。
競馬好きというわけではありませんが
ディープインパクトという
四歳の馬がいて
顔も体もとても綺麗で
可愛い馬で
しかも強いのです。
最初みんなの後ろを走って
最後にぐーんと伸びて
全員抜いて一着でゴールする
というスタイルです。
(一着で入ることを勝つといい
一着以外を負けると呼びます。)
でもうまくいかないこともあり
去年の有馬記念という
一年の締めくくりの
競馬の祭典のようなレースでは
なぜか伸びず
ハーツクライという馬に
負けました。
(そのときは
単勝では
払い戻しがないくらい
みんな
ディープインパクトが勝つ
と信じていたので
馬券で損した人が
たくさんいました。)
あとこの間
フランスの
凱旋門賞という
世界で最も
名誉あるらしいレースでも
負けました。
負けただけではなくて
ドーピングで失格になりました。
ドーピングで失格というのは
人間のお世話の不手際や
人間の決めるルールの話ですが
でもわたしは
優等生でいつも百点の子どもが
親の入れ知恵のせいで
カンニングだといわれて
零点にされたような気持ちになって
頭のいい子だから
何かよくない雰囲気も
感じとってしまい
負け癖なんかがついていたら
どうしようかと
他人事なのに
いてもたってもいられないくらい
気になって
感情移入してたから
昨日は
ディープインパクトが勝って
よかった。

ディープインパクトは
強いので
今年で引退して
51億円で買われて
種牡馬になります。
ディープインパクトは
来年から
たくさんエッチする
ことになりますが
1回2000万円くらいする
勘定になるかもしれません。
すごいね。
まだまだ走れますが
走っていると
怪我するかもしれないし
怪我したらサラブレッドの命は終わりだし
または無事でいても
突然弱くなるかもしれない。
無敵のうちに引退させて
高い値段でたくさん交配させたほうが
馬のオーナーとしては
儲かるし安全です。
だから引退するのですが
ファンや
厩舎の調教師や
武豊などの騎手は
残念がっています。
ディープインパクトは小柄なので
種牡馬としてはうまくいかない
という人もいます。
とにかくそんなわけで
ディープインパクトが走るのは
昨日とあと
有馬記念だけです。
有馬記念は入場も困難なほど混むので
昨日みにいきました。
ちなみに昨日でさえ
パドックが見えないくらい
人がいました。
(パドックとは
レース直前に
馬がぐるぐる回る
狭いグラウンド
みたいなところです。
それをみて
賭ける人は
馬の調子をみたりします。
武豊騎手によると
パドックをみても
大してわからないそうですが。)


そんなわけで
昨日の日曜日は
競馬場にいきました。
月曜日の今日は
池袋で不動産屋にいき
東武デパートの上で
ご飯を食べました。






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by writetoyou | 2006-11-27 21:50 | 動物
2006年 11月 23日

午後6時37分



いまから飛行機が出る。
旅行が終わる。
韓国料理をたくさん食べた旅だった。

口に入れると甘く辛く、
呑み込むとぼっと火がついたようになって毛穴が開く気がする。
体が覚醒する食べ物だった。

食べていて思ったけれど覚醒と鈍麻は近い。
隣り合わせている。

だけどそれはそうだな。
他の楽しみもそうだもの。
走るのも泳ぐのも、歌うのもスキーも、そのほかの色々も。

どんどん続けていって
普段気づかないほどの微細なものを感じ取れるほど感覚がひらかれる、
とともに、
時間の感覚や痛さやつらさなどの
社会生活上の制御に必要な知覚が
利かなくなる。

あんな食事をいつもとっている人と喧嘩したら負ける気がした。
喧嘩しないけど。

水も大きかった。川も海も大柄。
山も。
激しい。
朝鮮半島でさえそうなのだから中国はどれくらいなんだろう?
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by writetoyou | 2006-11-23 18:48 | 海外
2006年 11月 23日

15:00ちょうど



いま、日本では勤労感謝の日。
11月23日の午後3時。

空港へ向かうバスに乗っている。
ソウルは建設ラッシュ。
タワークレーンが目立つ。



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隣りに座る人はくたびれて寝ている。
もたれてきて重い。
頭ががくりと重いから
振りではなくほんとうに眠っているとわかる。

日暮れが早い気がする。
西日が強く、
バスのカーテンが輝いて、きれい。



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by writetoyou | 2006-11-23 15:05 | 海外
2006年 11月 23日

ソウルの地下鉄



いまはソウルの地下鉄に乗っています。
11月23日の午前10時24分。

車内に口上を述べる物売りがいる。
黒い手袋を売っている。滑り止めつきの軍手。
一組140円ほどだろうか?
1,000ウォンと思われる。

走っているときでも携帯が通じる。
みんな気兼ねなく話す。

みんなテイク・フリーの新聞を読んでいる。
たくさんの種類があり、若い人向け、女性向けなどいろいろあるみたい。
紙質や紙の色もそれぞれ違う。
大きさはタブロイド版。



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by writetoyou | 2006-11-23 10:28 | 海外
2006年 11月 23日

韓国から帰る



いま成田に着きました。
早く飛行機降りたいな。
気流が乱れて
飛行機は揺れて
航路が変わって
少し遅れた。

焼肉はおいしかった!

なぜおいしいか!
理由も少しわかった。



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地下鉄は、キムチというか
魚の漬け物の匂いがしていました。

晴れていてよかったです。
寒かったです。
耳と手がかじかむくらい。
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by writetoyou | 2006-11-23 09:20 | 海外
2006年 11月 22日

韓国 11月22日 2:04

ホテルは思っていたよりかなり豪華で、驚く。嬉しい。
(全然期待していなかったから。)
ホテル・ロッテワールド。

お風呂に入り、いまから眠る。
明日がすこやかで
無事な一日でありますように。



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韓国は寒いけれど
思っていたほどではない。
息は白いけれど、
湿度が低いのかそれほど寒くは感じない。
仁川(インチョン)から蚕室(チャムシル)まで
45分ほど。
道は空いていた。

ガイドさんはバスの中で一生懸命しゃべっていた。
一切がフリーのツアーなので
オプショナルツアーの売込みに
精が出ます。

日本語に激しい強弱がついていて、
きいているうちに、

波打つ海に浮かぶ小船に
揺られているような気がした。

わたしが乗り物と長距離の移動に弱いから
参っていてそう感じたのかもしれない。

(わたしの英語はどのようにきこえるのだろう?)

個人的には日本語は
雨だれのように弱く柔らかな音声を持つと思う。

言語のどれを
綺麗とかきたないとか
美しいとか粗野だとかいうのは
ナンセンスだと思ってはいるけれど。

日本語は雨のように流れる。
湿っている
それが主に話されている地域の気候そのままに。

でもいろんな日本語があってよい。あってしかるべきだ。

さまざまな人が日本語を話す。
いろいろなスタイルの日本語が生まれる。
たくさんの人の中に
それぞれ違った日本語があるだろう。
それらの集合体が日本語だ。
言語に、はっきりとした輪郭はない。

わたしたちの外部に
誰かが規定する日本語があるのではない。
正しい日本語だとか
美しい日本語だとか
そんないいかたは夢見がちだ。まぼろし。ファンタジー。
一時的に正しい日本語
とか
ある時代のある場面で正しい日本語
とかいうのなら、あるだろうが。

日本語があってわたしたちがそれを使うのではない。
わたしたちの中に日本語が生きている。
わたしたちが日本語を生きる。
それによって日本語が生かされる。
言語とその使い手とは車の両輪であり、
どちらか一方がかけても成り立たない。

日本語の教科書、カセットテープが残っても、
日本語を話す人がいなくなれば
日本語はなくなることになる。

話している人たちの中にその言葉はある。



そんなことを考えた。
今はベッドの上で落ち着いている。
けれど旅先なのできっとほんとうは高ぶっている。



おやすみなさい。



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by writetoyou | 2006-11-22 02:26 | レビュー
2006年 11月 21日

飛行機は

飛行機は
きれいなものだな。



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by writetoyou | 2006-11-21 20:14 | 海外
2006年 11月 21日

ターミナル



これから
仁川へ飛ぶ飛行機に乗ります。
いろんなものを見て、たくさん食べてきたい。
一緒にいく人が嬉しそうで嬉しい。



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by writetoyou | 2006-11-21 20:06 | 海外
2006年 11月 20日

花は



春はあけぼの
花はあれ。

アレといったらアレ。




今日は友達の女の子の誕生日です。



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by writetoyou | 2006-11-20 21:03 | 植物
2006年 11月 19日

地下鉄に乗っています




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今日、脚が痺れています。
膀胱炎になりそうなしるしです。寒いとなりやすいのです。
お医者さんには昔、膀胱炎の原因は冷え、生理、疲れ、ストレス、セックスといわれました。男の人にも覚えておいてほしい。

久しぶりにヒステリック・グラマーのパンツとフラボアのパーカで出掛けきました。最近よく着ている他のものが、乾いていなかった。
一緒に歩いていた人は少し嫌がっていました。やんちゃな格好だから。わたしも不慣れな感じがして、変な気分だった。昔はこの格好が落ち着くと思っていたのにな。

一年半前と同じ格好をしてみて、同じ布地に包まれているけれど、中で活動している、あたたかく脈打つわたしは、その頃とはまったく違うメンタリティでいると気がつきます。いつの間にか脱皮していた虫が、ふらりと元の殻をみつけて入ってみた気分は、こんなものかもしれない。

体つきも変わったし、体質も少し変わったし、顔も、性格も。

きっと人は変わってゆく。変わらない部分も大きいけれど。
家族とか、
お母さんだとか妻だとか、
父だとか祖父だとか、
長男だとか、
お姉さんだとか、
妹だとか末子だとか、そんなふうにわたしたちは互いの繋がり方を説明しあう。

恋人だとか友達だとか
彼氏、彼女。

そうやって説明しあって、関係をあらわす言葉で規定しあって、わかった気になっているけれど
だけど人は変わってゆく。
変わってゆく相手を発見して認めていけたらいいけれど
それができずに相手を見失ったり、
反対に理解されていないと思って孤独を感じてしまったり
また変わっていこうとしている相手を自分の知っている枠にはめようとしてしまったり
そんなことがあるから
家族や恋人ってこわいと思う。濃いつながりはあたたかい。
けれどそれについてまわる落とし穴がある。それは、変わってゆく相手を認められなくなること。

普段の濃い繋がりが
固定化してしまって
妻を
妻や母としてしかみられなくなったり
夫を
夫や父としてしかみられなくなったり
そしたら、互いにきっとつまらないんだろうな。そして悲しい。

だって妻も母も役割を示す言葉だから。
恋人も娘も祖母もそう。
それはその人を説明してはくれるけれど、それはある人にとってのある時ある場所においてのその人でしかない。

彼女は子らの母です
彼女はわたしの妻でもあります
彼女は両親からみたらいつまでも娘であり
彼女は浮気相手にとってみたら恋人で
彼女は職場では上司でもあり部下でもあり
道ゆく人にとっては
おばさんかもしれず
きれいなお姉さんかもしれません

だけどそんな説明をいくら集めてみても
説明しきれないものがある。

あの人は…だ
では言い切れないもの。
必ずある
きっとある
それが実感できなくなると、つらい。他人の欲望も自分の欲望もゴッチャになってしまう。たとえば自分自身の在り方を忘れた母親が、子供に無理な自己実現を強いるように。

人が恋愛をしたときに再発見した気になるもの、それは
役割や関係を示す言葉では示しきれない自分
ではないかと思います。

ああ、この人にわたし、わたしにこの人、と思うぴったりした感覚。
それが救ってくれるんじゃないかなあ。

結婚が制度であるのと同様に恋愛も制度ではないかとわたしは考えています。少なくともすごく文化的な行為だと思う。天然自然なものではなく、後天的な学習の結果です。やりたい、とかとも違う。それと不可分ではあるけど。
恋愛を否定したいわけじゃありません。むしろ、そう考えてもなお恋が与えてくれるめくるめく感覚しっとりとした感覚についてときどき考えます。で、役割から放たれてかつ互いを大切に思えること、それが恋愛が与えてくれることなのかなと思います。
そして、恋人のこともいつかもつ家族のことも、なるべく枠にはめずに見ていたいなと思うのです。それが、わたしが人をすきになって学ぶことです。
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by writetoyou | 2006-11-19 21:29 | 移動中に