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2007年 02月 28日

名古屋の人





名古屋の人。
名古屋に住む友人に
ひさしぶりにメールをした。

演奏会の案内を
ひとつきも前にもらっていたのに
返事をしていなかった。

その演奏会は
わたしの住むところからほど近いホールで(浅草)
おこなわれるので
聴きにいきたいと思って
チケットはありませんかときいた。

今朝返事がきて
チケットはあるとのことだった。
そして今
本所吾妻橋の新居に荷物を運び入れるところだと書いてあった。
本所吾妻橋は隣りの駅で
驚いてしまった。

東京に帰ってくるだけでも
ニュースなのに
それも歩いて十分ほどのところだなんて。

友人が近くに住んでいるなんて
大人になってくるとなかなかないことだ。
とてもうれしい。

小さな頃は世界が狭かった。
けれど虫眼鏡で
指の先の指紋をみたり
葉の葉脈をみたり
その先にとまっているてんとう虫の模様をみたりするように
世界を拡大してみていた。

かたくなな思い込みや
激しい勘違いで
世界を理解していた。

知っている場所も
自分の足でゆける場所も
ほんとうに狭かったけれど
自分の知っていること
みたもの
きいたこと
読んだこと
食べたもの
さわったもの
そういうものを
全力で勝手に組み合わせて
世界を理解していたから
目に映るものたちは
けして色が薄いなんてことはなく
十分だった。

大きくなって
どこでも自分でいけて嬉しいし
好きな人と一緒にいられるし
お金も稼げるし遣える。

だけど
風船の上に書いた点と点とが
風船を膨らませば膨らますほど
互いに離れていくみたいに

離れていってしまう人間関係がある。

趣味とか能力とか職業とかで
ふるいわけられたのちに知り合う
お稽古事や、大学や、仕事先での知り合いは
もちろんだいじだし
すきだけど
でも
ただ近くにいるだけ
ただ近所にいて同じときに生きているだけという
そういうつながりはなくて

そういうのがないってことは
面倒くさくもない代わりに
ほんとうは
時々とても寂しいし
これでいいのかなって思う。

インターネットがあってうれしい。
うれしいっていうより
もう
それなしにの暮らしには戻れない。
携帯電話もそう。
電話もそう。
鉄道もそう。
自動車もそう。
郵便だってそう。
便利なものは
ポケットベルみたいに
何かに取って代わられでもしない限り消えない。
それは悪いとかいいじゃなくて
そういうものなんだろう。

世界は広くなってゆくような
狭くなってゆくような。
なんでもすぐに手が届くような
そして遠く離れてゆくような。

世界中で
この百年間に
すごい速さで起こっていることは
そういうことなんだと思う。

とにかく
今朝の驚きは
友達が「わたしのところにかえってきた!」みたいな感じ。
(その人からいわせたら「ぜんぜんそんなんじゃない」だろう)
瓶に詰めて流した手紙が
誰かの手を経てじぶんの手に戻ってきたみたいな感じ。

互いにみんなどんどん離れてゆく中で
またぐうぜんにふれあうこともあるのだろう。
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by writetoyou | 2007-02-28 01:00 |
2007年 02月 28日

白い夢




日曜日に見た夢



輪になって
みんなでぐるぐる回っている。
いろんな子がいる。
ドイツ人もいる。
外国人がいる。
いろんな色のシャツを着ている。
赤や青。
みんな半ずぼんとかで肌が出ている。
お遊戯会をやっている。

内側の輪と、外側の輪がある。
みんなでプレゼント交換をするのだ。

わたしの用意したのは
ピンクの丸っこい花瓶と
ピンクのガーベラ。
ほんとうはどちらも100円だから
そんなのでいいのかなとも思うし
誰がもらうんだろうか、などと思う。

いつの間にかわたしが用意したものは
わたしの着古したカーキ色の長袖シャツになり代わっていた。

ますますあんなものでいいのだろうか、と思う。
洗濯ばさみで吊られているそれは
抜け殻のようでもあり
さみしそうでもある。

その間に
川のイメージが挟まる。
川の流れ
水の流れ
おしっこにいきたいとか、
そういう水分のイメージがぐるぐると折り重なって
急いだ気分がし、
また場面が戻り、
ぐるぐると輪になってみんなで回っている。

なんとなく全体がぼんやりと白かった。
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by writetoyou | 2007-02-28 00:39 | 夢日記
2007年 02月 28日

駅には








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by writetoyou | 2007-02-28 00:15 | 移動中に
2007年 02月 27日

返信2 みっちゃんへ




2007-02-09 08:42
「年賀状が届いてから時々おじゃましています。
ペットのことが書いてあるくだりで昔を思いだしていたけど、
どうやらまたその後に飼った犬のことだったのかな?
わたしの富山での記憶は11歳までだから。
ウチの犬は昨年病気をしました。
手術をすれば生きられる可能性は高いと言われ、
家族は高齢の犬に迷わず手術をお願いしました。
だけど白内障で失明し、トイレで用を足すことを忘れてしまったその犬は
私の子供が生まれたと同時に隔離されました。
それでもドアを開けて出てこようとするので鍵をかけられてしまいました。
家族はかわいがっていると言うけれど、
私は病気をしたときに自然に任せるべきだったと思うのです。」


>みっちゃん

コロというのは、小学校六年生の夏に飼い始めたのです。

みっちゃんちの犬は生きているんだね。
みっちゃんの立場ならわたしもみっちゃんのように考えるかもしれません。
でも、みっちゃんちの犬は生きていていいなあと思います。うらやましいな。

自然に任せるべきだったというのはわたしも思います。
うちの犬も自然に死ねたらよかったのになと思います。

みっちゃんちの犬は死ぬかもしれない場面で人為的に生きる方向へ治療をされて
うちの犬は死ぬかもしれない場面で人為的に死ぬ方向へ処置をされたといえるので
そういう意味では、
動物の命に人間がどこまで関わっていいものか
という問題としてつながっているのかな。

コロの場合は手術とかで生かせる道があったわけではないらしいので
みっちゃんちの犬とみっちゃんの家族が迫られたような選択というのはなかったと思う。
もし手術って方法があったらまたそれはそれで苦しい気持ちがしたのかもしれません。
でもとにかく生きていてほしかったな。

死ぬにしても、
自然に日の光がどんどん細くなってやがて山の端に隠れるような感じで
だんだん命のヴォリュームが下がっていくような感じで
死んでゆくやり方があったと思うから、
そうさせてやれなかったのは悲しいです。
注射をされて死んでしまったというのは考えると悲しいです。

もし安楽死させず死を待ったらその間にすごく苦しんだかもしれないし、
犬だからしゃべれないから、人間は苦しさの度合いがわからない。
でもやっぱり安楽死はなるべく避けたかったな、ぎりぎりの方法だと思うからこそ
ぎりぎりまで至っていないのにそれを選択してしまったのだと思って、後味が悪いのです。


ところでみっちゃんは今子育てしているんだね。
ふしぎな気持ちがします。
わたしが思う浮かべるみっちゃんは、小学生のときの姿なのです。
まず思い浮かぶのはそれ。どんな格好かも憶えている。
ランドセルだったり
マラソン大会で赤白帽子かぶっていたり。
アルバムの写真でそう憶えてしまったのかな。
わたしも子どもがほしいので、近いうちにうみたいな!
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by writetoyou | 2007-02-27 11:19 | コロ
2007年 02月 26日

返信1 まきちゃんへ




***

飼っていた犬のコロが死んだとき
それを綴るとコメントをくれた人、
どうもありがとうございます。

***


これから
二月の前半にいただいたコメントに
少しずつですが
返事を書いていこうと思います。
もらって心に残る手紙だったのに
忙しさにまぎれて

(イソガシサニマギレテ
なんて
ほんと
言い訳以外の何物でもない言葉ですが)

返事を出さないままでいるような気持ちでいます。
ごめんなさい。



2007-02-06 00:57
「体中痛くて、自然の中だったらとっくに死んでしまっているような状態でも、
動物は命がある限り生きようとして、
そういう姿は健気で痛々しくて本当にやるせないです・・・
最後にお別れの時間があってよかった。元気出してね。」


>まきちゃん
わたしは今回、別れの時間というものの長さ・短さを感じました。
短くても、それを経ることができるかどうかで
そのあと踏みしめる大地の固さが変わってくるようなもの。
それが別れの時間じゃないかと思います。

それはずっと流れ続ける時間です。

「そこ」から「いま」に向かって
絶えず
水にこぼしたミルクのように
何かが混ざり続ける。
それが別れの時間だなあと思います。

笑っていても
歌っていても
しゃがんでいても
焼肉食べていても
コロと別れたあとのわたしの中には
つねにその別れが混ざっている気がします
(楽しいときでも
思い出したら少し悲しいし
何か他のことで悲しいときでも
思い出したら励ましになる)。

どんな楽しい気分にも
悲しみが混ざっていることは
ぜんぜん不思議なことではない。

糸を集めて撚り合わせるように
わたしができてゆく。

その糸の一本がコロだし
それがとりわけきらきら綺麗に光る糸だってわかるし
コロが死んじゃったあとでも
その糸は消えてなくなったりしないで
つながっていて
わたしを支えている。

たとえば水引細工のように
気持ちや身体というものはできていて
たったいっときの気分にも色々な糸が混ざっている

人生を終えるときにみえるものは
その無数の糸で織り上がった
トルコ絨緞のような
大きな織物ではないのかしら?

そんなふうに思っています。
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by writetoyou | 2007-02-26 22:51 | コロ
2007年 02月 25日

朝寝       (sleep a little bit too much on Sunday morning)









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by writetoyou | 2007-02-25 21:32 |
2007年 02月 24日

花を持つ人







終電で帰る
蒲田ゆき
零時三十五分

ドアがひらき
乗り込み

ふらふらと
虫が明かりにひかれるように
ひきつけられて

人をかきわけて
進み

花を抱えたおばさんの隣りに
わざわざ
座る。






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おばさん
いい匂いがしている。
香水をつけている。

丈の長いダウンのコートから突き出た
目の粗い網タイツにくるまれた脚は
意外にも細くて
よく磨いたテーブルの脚のような
なめらかさ
ふっくりとした
その
緩やかなふくらみ…

妙ななまめかしさが漂い

色気のない縁なし眼鏡や
太い毛糸で編んだ帽子とは
不釣り合いで







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「おばさんのそれ
何て花ですか
名前は」
色々思うけれどきけない。

おばさんは
わたしとは
たったひと駅乗り合わせただけで
降りてしまう

横浜駅。

若さとか、柔らかさとか
あかちゃんだとか

女であることとか
香水とか
ひらひらしたリボンとか

胸や頬や二の腕のふくらみ
蜂蜜や砂糖の甘さ
毛足の長い毛布
刺繍のあるふんわりとしたタオル

それから
モップみたいな
長毛種の犬
白いパン
そして
花びら

そういったもの

そういったものに甘えたい
そういったものでくるまれたい

柔らかいもの
温かいもの
優しいもの
いい匂いのもの

単純に単純に
そういったものに触れたくなる真夜中

冷えた体をひとつ
冷えた手足を二本ずつ
持って

触りたい
頬ずりしたいって思うから






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草臥れた電車の中で
花を抱きかかえたおばさんは
光ってみえた。

白く光ってみえた。

おばさんの隣りに座りたかった。
泳ぐようにふらふらと
近づいていって座った。
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by writetoyou | 2007-02-24 00:20 |
2007年 02月 23日

タクシー






この項書きかけ





タクシーが拾えない。

夜中、

銀座、新橋の辺りは1時を過ぎるまで
タクシーはタクシー乗り場でしか拾ってはいけないから

空車のランプを光らせていても
追いすがっても乗せてはくれません。

むかし、
そのへんで働いていたころは
車をつかまえるのも仕事のうち

でもつかまらない時間帯は
どんなに細い小路でも
他の運転手の目を気にして
まずとまってはくれない。

わたしは目が悪いから
新橋駅で降りて
車を拾いたいのに
「乗り場はどこですか」
わからない

夜は目が利かなくなる
世界に色がなくなるから。

車道は空のタクシーで埋まっているのに
拾えなくて
窓を
こつこつと
たたく

中のおじさんが
口を
もごもごと
動かして

ふといゆびで
左を指すから
そちらへ歩く。

正方形の看板の下で待ち
手を挙げると

列から抜けて
ひゅうっと
オレンジ色の一台が
こちらに寄る。

煙草を吸わない人だといいなと思いながら
乗り込む。

運転手のおじさんは
行き先までどうも自信がないらしい。
どういうんでもいいんですよ
とりあえず浅草橋目指してください。とわたしはいった。

しばらくして「お仕事?」ときくから
はい、と答えると
ホステスさんには見えないけどねえ
という
普通の仕事の帰りですよ
といってあげる。
なんだかおかしくて仕方がない。

ホステスをしていて
こんな
ゴムで結っただけの髪型でいたら
ぶっ飛ばされるだろうし

ホステスがタクシーで帰るのなら
もう少し遅い時間からになるはずだし
だいたいわざわざ新橋駅前から車を拾うのも不自然だ

けれどとにかくホステスには見えないのなら
それはよかった
と思った。
ホステスだとしてもそうじゃないとしても
ホステスには見えないというほうが
損をしません。

随分遅くまでなんだねえというから
(この人には
女の人は事務職っていう思い込みがあるのかしら
とちらりと思った)
職場が横浜なんです
といったら

へえー
横浜。
横浜じゃ、東海道?

「はい
普段は東海道線ですけど
今日はもう、ないので京浜東北で」

へえー横浜。
わたしはね、横浜に住んでいたの
三年前、うーん
三年前までだな。
横浜の東口、
横浜駅から歩いて五分よ
すごいでしょう。

「便利ですね、それじゃあ」

いやでもあそこはすごいの
音がうるさくって
なにしろ電車がたくさん走るでしょう
あの何、地下鉄もあるしね。

「京急線と、JRと…ありますね」

そうそう
相鉄線でしょ、東横線もあるし
何しろうるさくってね
かなわないから
いまは小田原
東海道線で帰るのよ
このあと始発で。
新幹線は高いでしょう
新幹線は高いから
倍くらいはするんじゃないかなあ
稼ぎが悪いからさあ。

「倍以上するんじゃないでしょうか」

するかねえ。

「するかもしれませんよ」

小田原は遠いのよ。
わたしね
うるさくって越したっていったでしょう
さっき。
でもねえいまなら我慢できるなあ。
いまなら我慢できる。
ていうのはね
隣りのおじさんがうるさくってねえ、今の処は。
それでわたし
特許とっちゃったの。

「特許ですか」

知ってるかなあ
ヤマハとかの防音室。
防音の仕組み知ってる?

つづく
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by writetoyou | 2007-02-23 21:24 | 移動中に
2007年 02月 22日

駅の花









わたしのうちから
もっとも近い駅では

始発駅・終着駅であるからなのか

時折
コンコースに
季節の花が置かれます。







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いまは
菜の花
垂れ下がる種類のラベンダー
あと何かアフリカ原産の花。







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七夕の笹とか
電線とか
リボンの端とか
しだれ、垂れ下がるものに
いつも目を奪われます。

だらんとして
空に投げ出された感じ。








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死んでいるような
生きているような。
曖昧なところで息づいている感じ。

このラベンダーもきれいだと思います
とてもきれい。
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by writetoyou | 2007-02-22 00:18 | 植物
2007年 02月 21日

カンパリオレンジ






買い物にいくつもりだったのに残業した。
忙しい忙しいとか言うのはすきじゃないけど
少しやることがたくさんありすぎるかもしれない。
帰りにご飯食べてカンパリオレンジ飲んだ。
メニューにないのにカシスをペリエで割って下さいと頼んだら
しばらく店員同士で話していたのち
出てきたものは甘くてぬるくてそれ程おいしくない。
ほんとはすごくおいしいはずだった。
相手が作り慣れていないものを頼むのはよくないことなのだな。






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日比谷線から東銀座で乗り換えるときに
お手洗いにいきたいから駅員さんに尋ねた
次の電車(終電)はいつくるかと。
その若い男の人はわたしが電車を待ちくたびれていると思ったのか
いや、すぐ来ると思いますよ
といった。
そうじゃなくて、おしっこおしっこ、と思ったけれど
仕方ない。
立って待っていた。
いまはもう電車の中にいます。
早くうちに着いてトイレにいきたい。
顔も洗って
すぐに眠りたいな。

今日読んだ
大橋洋一訳の
オスカー・ワイルド『幸福な王子』が
すばらしかった。
もともとすきなお話だけれど、はっとさせられる箇所がいくつもありました。
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by writetoyou | 2007-02-21 00:28 | レビュー